飛鳥時代から受け継がれてきた知恵と「木の癖を組む」技術を使い、手の記憶を継承する社寺建築の専門家集団「白鳳社寺」。そして「最新が最良でなく、最古が最善でない」という理念のもと、伝統技術×さまざまな掛け合わせの最適解を社会に提示するデザイン事務所「LOF」。

白鳳社寺4代目でありLOF代表も務める高崎将太朗氏は、一級建築士の資格を持ち設計もこなしつつ、宮大工として自らも手を動かすという稀な経歴を持っています。

そんな高崎氏と仲間のデザイナーさんが共に手がけるのは、宮大工さんの技術へデザインのエッセンスを加えた、まったく新しい価値を提案するプロダクト。

日本が誇る伝統建築技術を、次世代へ繋ぎます。

 

代表の高崎将太彼らに憧れ宮大工さんを志す若者も。
高崎氏のお父様・白鳳社寺3代目の高崎勝則氏は、法隆寺最後の宮大工と呼ばれる西岡常一棟梁の唯一の内弟子・小川三夫氏に弟子入りし知見を得ています。

 

 

宮大工さんとは、神社やお寺など手を合わせる対象の建造物を扱う大工さんです。
神社の境内に入った瞬間空気がガラッと変わるのを感じられた方も多くいらっしゃるのではないでしょうか。

あちら側とこちら側の世界のはざまにある、美しさと畏敬の念を兼ね備えた建物と空間。

それらをつくるのが宮大工さんのお仕事です。

 

 

宮大工さん特有の道具「槍がんな」。
一度は途絶えた道具ですが、西岡棟梁が法隆寺再建の際に昔の削り跡を再現するため、巻物に描かれていた槍がんなの絵をもとに再現したとのこと。

 

1400年前に建てられ今も建築当時そのままの美しさを保つ法隆寺を代表とする日本の社寺建築を造り守ってきたのは、木を生かす技、1400年間もの長きにわたって人の手から手へと受け継がれてきた「手の記憶」だといいます。

屋根の反りなど曲線の多い社寺建築は、「木の癖を組む」という木を長く生かす技なくしては成り立ちません。

木(社寺建築に用いられるのは檜)は人間と同じでそれぞれに個性があり、製材して建物となってからもその性格が出るのだといいます。
例えば山の南側に生えていた木は細いが強いので建物の南側に、右にねじれている木は左にねじれている木と組み歪みを防ぐというように、木の個性を見抜いて癖を良い方に使えば建物が長持ちします。 そうすれば、千年生きた木であれば千年以上もつ建造物ができる、それを体現しているのがまさに法隆寺です。

 

 

 

自然の大きな流れの中で、木を伐って数百年先に残すに値する建物を建てる。

1400年前の法隆寺建造時の宮大工さんをはじめ、修繕のたびに時を超えて誰かと繋がれる仕事はなかなかない、と高崎氏は言います。

 

 

 

実際に、見て、さわって、感じて。


言葉では伝えようのない宮大工さんの手の記憶と、ふわりと漂うひのきの香り。心の奥に残る本物の香りと日本が誇る伝統建築技術の世界を、お家で体験してみませんか